~暮らしの中の権利を守る~不知火合同法律事務所

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江戸時代の破産(その2)

○免責

 現在と違って、分散には未配当の債務を免除する効果まではなく、あとで分散者が資力を回復したときには、残債務を支払う義務が残っていました。しかし、それも幕末期(天保2年、1831年以降)には分散配当金を受領した債権者は身代限と異なり、残金があっても残余債権は放棄させられ、債務者は免責されることになりました。つまり、江戸時代にすでに免責制度があったというわけです。
 ただし、分散を承諾しない債権者については、配当金をもらえないかわりに「跡懸り」と称して、債務者が資力を回復したときには債務完済を求める證文(出世證文、仕合證文)を債務者に書かせることができました。

○分散の不名誉

 分散者は「弁納人」「沽却人」「亡名」「支配」「籍払」「潰し未進」とも呼ばれました。分散を「潰れる」と称し、分散者を「潰人」といって、「村潰人作法」を規定する地方もありました。
 分散者には、いろいろな差別が加えられました。村役人の選挙権・被選挙権の剥奪。村民との同席禁止。宗門帳に「沽却人」「籍拂」「亡名」と記す。羽織着用の禁止。雨傘使用の禁止。下駄使用の禁止。元結使用の禁止。住居は、「無床の小屋」「雨露をしのぐ小屋」「灰小屋木小屋」「川原小屋」たること。表町に住むのを禁止。夜でないと他出せず。公然と他出することをはばかる。婚姻することなく、離縁して交際を絶つ。ただし、これは地方によって異なる。
 しかし、その一方では、「別段賤視することもなく、町役などに選任されることもある」という地方もあって、全国一律ではありませんでした。明治13年に司法省が刊行した「全国民事慣例類集」を見ると、分散者は財産を投げ出すが、残余の債務は免責されるところが多く、一生に2回も3回も分散する人がいたようです。

○復権

 大阪では、商売人が取引失敗して分散することが多かったので、分散者や身代限の者を収容して再起させるために「三郷借家請負人」という制度がもうけられていました。
 これは、大阪三郷に各一か所ずつ、分散者等を収容する長屋を設け、請負人がその長屋の世話人となって、「長屋を貸与し、財産を再興して他日復権の日を期せしむる一種の社会的設備」でした。つまり、分散者にも復権する機会が与えられていたわけです。分散者も、債務を完済して自立できるようになれば、復権することが認められていました。

○財産隠匿

 江戸時代にも、「計画倒産」や破産者の「財産隠し」が横行し、問題となっていました。

 「末々(将来)、一度は倒るるつもりに、5、7年も前より覚悟して、弟を別家に仕分て、分散に是を遁れさし、京の者は伏見に、名代を替ては、屋敷をもとめ置、大阪の者は、在郷の親類に田畠を買い置ぬ。身の置所を先へ、跡のあき殻を借銭のかたへ渡して、古帳を枕にして横に寝てかかる(どうともしてくれと居直っている様子)こそうたてけれ。
 町衆、扱にかかり、年賦にその家を立んといえば、かへって是を迷惑がりて、外聞は灰まで渡し(外聞も何もなく、カマドの下の灰まで債権者団に引渡し)、住家を立のき、3月の節句を心やすく、桃の酒を祝り」(『日本永代蔵』)

 「人の物を借りられるだけ借込み、ひそかに田地を買っておいて、一生の暮らしが成り立つようにしておき、そのほか子供の教育費までとって置き、借銀の惣高を算用して、全財産がその3割半に相当するように仕掛けて債権者に渡すのであるが、はじめのうちはごたついても後には皆んな根気が尽きて、それなりに済んでしまう」(『日本永代蔵』)

 「親子密談して、倒産の半年前から息子を悪性者に仕立て、わずか12貫ほど遊里で使わして、100貫も使ったように世間へぱっと沙汰し、これで身代がつぶれたと言いたてて分散することもある」(『渡世見持談義』)

 このように、田舎に田地を買込んだり、他人名義で財産を隠匿したりして、計画的に分散もしくは身代限をする悪徳漢も多かったようで、当時の浮世草紙にいくつも描かれています。そこで、このような「計画倒産」を取り締まる御触が出されました。

 「町人金銀ならびに商売物取やりいたし候事相互之儀候。身体をかざり、大分取込置、連々工を以倒候者も有之様聞へ候。ひっきょうその身体をもって、人茂存たるほどの失墜これなくして、損銀かかる候段不届之事。元禄3年4月18日」

 「借金銀を負った者共が、親類ならびに懇意の者や子供、あるいは同家人の名前を借り、新に借家を構へ、屋号を改め、商売いたし、その身居には屋号名前そのまま残し、または、同家人などを差出して、借金銀を片付け、実は別の名前で以前のように商売するものが多くあると聞へるが不届之至に候。今後はきっと吟味のうえ、そのようなことが判明したら当人だけでなく、名前を貸したものはもちろん、場合によっては家主まで処罰するので、決してこのようなことのないよう十分周知徹底されたい。元明7年9月」

○強制和議

 分散するしかないような状態に陥った者でも資力回復の見込みがあるときには、各債権者が相談して債務総額を年賦返済する方法をとらせることがありました。
 このとき、10年賦ということもありました。この場合、債務者は各債権者に対して年賦證文を差し出すことになります。